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2015年6月 5日 (金)

一葉に群がった文士たち

やっぱり面白い樋口一葉の日記。

Higuchi_ichiyou

 5千円札を手にする度にかわいくないな~と思っていたけど、清張曰く、男を見る目は肥えていたのです。

 日記の常として身びいきに書いてしまうものだけど、彼女の自己申告によると、7つ頃から草双紙という読み物が好きで、父はおとなしくて物覚えの良い一葉を誇りにしていたとか。しかし、母は女に学問などさせるとろくなことにはならないと、針仕事や家事見習いのために、12歳で学校をやめさせます。それでも、一葉は、毎晩机に向かって和歌の勉強をし、小石川の中島歌子の萩の舎で学ぶようになりました。

 そんな向学心が実を結び、吉原近くの龍泉寺から本郷丸山福山町に引っ越してきた明治27年から、一葉は奇跡の14か月間に代表作を執筆するのです。

ご参考:

http://www.taitocity.net/taito/ichiyo/ichyo_institution/ichiyo_institution2.html

 文壇で一躍有名になった一葉の家を様々な「文学界」文士たちが訪ねます。斎藤緑雨に言わせると君をダメにする「油虫」どもなのですが、こんな人達でした。

平田禿木:「文学界」同人。当時は一高に通う23歳、日本橋伊勢町出身

馬場胡蝶:「文学界」同人。高知生まれ26歳、本郷龍岡町在住

戸川秋骨:「文学界」同人。「帝国文学」編集長。東京帝大で英文学専攻。平田と同じ下宿

中でも、馬場君は一葉が好きだったようです。

秋骨が「胡蝶子の君を思ふこと一朝一夕にあらず、その熱度の高きこと斗り難し」と言うと、一葉は「そはかたじけなきこと」と微笑んでかわしますが、毎日手紙をよこし、摘んだ花を送ったり、君のことを姉君のように慕っていると書いて来たりします。

 一葉は、「あはれ此思ひ今いくか続くべき」と男あしらいが上手ですが、内心得意だったことでしょう。学のない一葉がいずれは学士となるだろう若者たちと楽しく交流していた様子が目に浮かびます。相変わらずの金欠なのに、このような来客には魚を買ったり、鰻をとったりしていたのだから、見栄っぱりだねえ~。

川上眉山:東京帝大中退後、硯友社に加わり、後「文学界」に接近

この川上君は曲者で、一葉と結婚するというガセネタまで流します。

 こういう状況を見て、緑雨(正太夫)は、「文学界」文士たちを「油虫」と呼ぶわけです。

 さて、一番面白かったのが、一葉が「めさまし草」の「三人冗語」に誘われたことです。

そもそも一葉「たけくらべ」にスポットライトを当てたのは、鴎外、露伴、正太夫(緑雨)の3人による書評「三人冗語」でした。

 鴎外の弟の三木が訪ねて来てこう言います。

「今まで三人冗語と言ひて鴎外、露伴、正太夫の三人にて新作の評なし居たりしなれど、さらに君を加へて四つ手あみといふ名を付しつ各々名を署して評論さかんにせばやといふ願ひなり、切に入会給はれよ。」

 どうやらこれは、緑雨の了解なしにやったことのようで、緑雨はこの件について引き受けるべきでない、もはやバラバラであるめさまし草の内部事情を話し、さらには自分の身の上話までして帰って行きます。

 今度は三木と一緒に露伴がじきじきにやってきます。内容もおかしく、合作小説を創作しないか、というのです。

「いかで君一連に入り給ひて役者たることをゆるし給はらずや。御同意ならば其のうけもちの性格だけけふ取り定め、さてあらあらの大筋立てばや、細かき処は各自の思ふ処にまかせていささか筆の自由を妨げじ、各々の文体心々の書きざまいとをかしからんと思ふ。・・・」

露伴が本当にこんなこと言ったのかと笑ってしまう。

例えば士族の娘の役は一葉、長文を書くのは露伴、芝居気のある役は三木、歌舞伎の生世話物なら正太夫、学者や官吏役なら鴎外にやらせよう。鴎外の妹役に一葉というのもいいかもしれない。その場合、一葉の恋人役が露伴、悪役は正太夫だねえ。

あほらしさにも程があるが、一葉はなかなかの聞き上手で、露伴に話させています。

挙句の果てに、「たけくらべ」の信如は露伴に、田中の正太は鴎外、横町の長吉は正太夫のはまり役、自分はをどけの三五郎だと三木も言います。もちろん大黒やの美登利は一葉だと。

あほらし、これでは「めさまし草」の皆さんも「油虫」ではありませんか。

3時間ほど彼らは話して帰りますが、翌日正太夫(緑雨)がやって来ます。

もちろん、話をとめに、です。

 折角面白い展開だったのに、日記はここで終わっています。一葉の病状が進み、もはや日記が書けなくなったためです。

 すでに書きましたが、緑雨は、一葉の葬式も行い、一葉の妹の世話までします。そのお礼だかどうかは知りませんが、緑雨は一葉が残した日記を含む手稿を譲り受け、一葉全集を出版します。但し、日記は死ぬまで手もとに置き、死ぬ前に馬場君に渡したそうです。

 緑雨がどんな気持ちで一葉日記を読んでいたのかと考えると、とても感慨深いです。

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